報道の役割って?

少し耳目を集めた刑事事件が終了した。

期日のたびにマスコミ数社の記者(もちろん、皆若手)が寄ってきて(時には車座になって待機していて)、コメントを求めてくる。

あるいは、事務所に直電してくる。

あるいは、個別の取材の申し入れをしてくる。


全て断った。

一切コメントを出さなかった。

頭ごなしに拒否というのも失礼かな、などと片隅で思いつつ、これを貫いた。

本日は出し抜けたのでコメントを求められることもなかった。


こういった事件の報道(とくにネットニュース)というのは、結局のところ、不特定多数の「匿名君」「匿名ちゃん」たちの、(もしかするとルサンチマンも含めた)コメントの書き込みとそこへのさらなる匿名大衆の「いいね!」の書き込みを触発するだけのものとなっている。

何かコメントでもして、それが流れでもすれば、「匿名君」「匿名ちゃん」たちの思うつぼ。

場を与えることになる。材料を与えることになる。否、その程度でしかない。

何を言おうが、重罪の被告人だし、言いたい放題でいいのである。

それも、匿名大衆だし。何も責任を問われることはない(発信者情報を取り寄せて、云々などやってる暇なんてこちらにはない)。


もともと世論は、匿名大衆が形成していたもの。

しかし、近年はその形成のされ方が非常にいびつ。

本件のような事件報道に対するものはともかく、政治、社会、スポーツ、さまざまな分野で、

まったく責任を問われないだろうという前提のもとに、

匿名君や匿名さんたちが勝手なことを言い放ち、

さらにこれにさらなる砂粒の匿名大衆が後押しする。

責任なんて問われないだろうという見通しのもと

(たぶん政治部門での執拗な野党批判・さよく批判は、JCあたりがその一部を担っているのだろうと踏んでいるが。それにしても立憲民主がさよくとはね(爆)。憲法守れと少しでもいえばさよくだと。すごい時代になったもんだ。)。


なれの果ては与太者なんだけど、

いずれ日本にも与太者が現れる時が来るのだろうか。たぶんそれは否定できないのだろう。


本当に嫌な世の中になった。

過去数十年、自分の知っている限りで最悪かもしれない。

こちらが人生の下り坂を下り始めたところで、これはないよ。

なにもやりようがないから、見ているしかないけど。

自分の目の前の事案に、人に、ひたすら注力して行くしかないけど。


















ろっくおじさんの戯言

ビートルズが全米制覇をした年に生まれた男(いちおうべんごし)が、音楽ネタや日々の雑感を綴る。仕事には役に立たないブログ。

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