ふじみ野市で訪問医療を一手に引き受けていたというお医者さんが殺害されたという事件。
先日は大阪で、精神的に病んだ人たち、働けなくなり困っているような人たちを多く受け入れていたクリニックがガソリンで焼かれ、医師やスタッフら、また通院していた方々が焼き殺された。
本当に不条理としかいいようがない。
現実問題として、人々の悩みや苦しみを引き受け、これに対応することには、必然的にリスクが伴う。
まして、そのような事案を一手に、ということになると、リスクを帯びる可能性も当然高まる。
私たちも、やはりリスクを帯びるトラブルを引き受けることが多いが、医療関係は生死がかかることも多く、また精神的な問題それ自体を取り扱う仕事であったりもするので(私たちの場合は、基本的に精神的な問題は事案の背景事情であり,当然それ自体について治療行為等を施すわけではない。)、そのような問題はより大きいのであろう。とりわけ生死が関わる事案においては、むき出しの被害感情は、理性を軽く飛び越え、説得や対話などと言うものを受け入れることなく、暴力的にせまってくることもあろう。
リスクをとらず、自衛するためには、関わらないことが第1なのだろう。
しかし、強い信念や思いから、自分がやらなければ、という、私心のない感覚で携わっている方も多くおられるだろう。
自分が関わらないわけにはいかないと。
今回の事件も、そのような方が結果的に、多いとは言えないけれどもリスクをはらんだケースを引き受ける形となり、最終的に最悪の結果がもたらされた。
今回のケースについては、弔問に出向いたことについて、自分ならやらない、という医療関係者のコメントもあったが、出向いたことを当然責めることはできない。真摯な弔問などの対応があったからこそ、遺族の感情が和らいだというケースも多くあるわけで(もちろん、治療の甲斐なく患者が亡くなったという結果について謝罪をするかどうかはまた別であるが。)。今回のようなのがまさに極めてレアなケースなのであって。
地域医療にしても,介護にしても、精神医療にしても、誰かが必ず担う必要があるものだが、やはり、今後はますます、リスク分散と言うことを意識した取り組みが重要なのであろう。
我々の仕事もそうだけれども、1人での対応ではなく、なるべく複数で対応する。
医療や介護の場合なら、各方面の専門家や部署が連携して対応する。
そして、高リスクの事案については、情報共有をして臨む。
1人で抱え込まない。
1人で決めてしまわない。
個人的にも、一方的に恨みを買っているようなケースがあるような気がしている。
ある意味、この国においては、国家権力と対峙するよりも、
個人の案件で相手方と対峙する方が、生命身体の危険は高いと言わざるを得ない。
いやなことではあるが、そのようなケースを今一度思い返して、再チェックしなければならないかも知れない。
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