記者の質?

こんな記事があった。

http://mainichi.jp/sponichi/news/20150122spn00m200014000c.html

この記事は、あの百田尚樹氏が、やしきたかじん氏の闘病生活を書いたとされる著作に関し、遺族から出版差し止め訴訟を起こされた件に関するものである。見出しだけ読むと、訴訟第1回期日に百田氏が出席しなかったことが理由で、審理が進まなかったかのように読める。

しかし、この書き方ははなはだ不正確であり、誤解をもたらすものである。何らかの意図に基づいて書かれたとすら考えざるを得ない。

まず、第1回期日に被告が答弁書だけ提出して欠席したことについて。これは、民事訴訟法上認められている対応である。
訴えられた被告は、第1回期日に限っては、簡単な答弁書を提出すれば、出席して最低限の主張をしたものとして扱われる(擬制陳述)。訴えられた側としては、訴状が届いてからの比較的短い期間のうちに、訴状の主張に対し的確な反論を準備できるとは限らない。また、訴状はまずは本人に届くものであるから、それを見た本人が弁護士に相談することもあるだろう。そして、その弁護士に頼むことになったとして、その弁護士が第1回期日に出席できるとも限らない。こういった理由から、法律上は上記のような扱いが認められている。

また、仮に第1回期日に百田氏自身が出席していたとしても、そのために審理がより進むことはまずない。
基本的に、訴訟の第1回期日というのは、同じ時間帯に幾つもの事件が入っていることが多い。それを同じ裁判官が処理するのである。善し悪しの問題は別として、第1回期日というのは、せいぜい書面(訴状・答弁書)の交換のみで、若干書面の内容について裁判官が質問するか、また今後の訴訟の進行のしかた(話し合い解決の余地があるか否か、どのような主張立証を考えているか等)について当事者から意見を求める程度で、あとは次回期日を決めるだけ。5分で終わるというのは、普通のことと言ってもいい。
もちろん、そのような運用に批判もあろうが、しかし、法律の専門家でない百田氏が、その場で演説を始めてしまっても、他の事件やその他の裁判所のスケジュールとの関係でよろしくない(よく、簡易裁判所に行くと、同じ時間帯に10数件事件が入っている中で(これ自体問題だが)、そこで本人である被告が5分も10分もらちのあかないトークをして、待っている他の事件の弁護士や当事者が鬼のような顔をしている光景にであう。)。

本来なら、法廷で当事者が直接生のやりとりをして、審理を進めるというのが理想なのかも知れない。しかし、訴訟には一定のルールがあり、主張が認められるか否かについては、論理的に正当かつ納得の出来る説明と、一定の証拠による立証が必須である。そして、これを確認するためには、現状の裁判所の実務では、書面の提出がなくてはならない。だから、法廷で百田氏が縷々述べても、裁判所は結局「今おっしゃったことを書面にして提出して下さい。」と要請することになる(もし百田氏がこれを拒否したからと言って、直接のペナルティはないが、主張をきちんと汲んでもらえず、結局不利益になる可能性はある。)。

裁判所のマンパワーの問題もあるが、実際の裁判とはそういうものである。
だから、「5分で終了。本人欠席。審理進まず。」は、なにも百田氏のケースに限ったことではない。

言っておくが、私は百田氏のフォロアーでも何でもない。むしろ、このような思想的に偏向した人物が、チンゾウの意向か何か知らないが、NHKの経営委員に入ったり、したり顔でいろんなところでコメントしたりするという状況を全くよしとしない人間である。

しかし、そうであっても、この記事はおかしい。百田氏が問題から逃げているかのような印象を闇雲に読者に与えている。これを産経新聞や文春新潮が書いたというのなら面白いが、毎日新聞というところが想定内でつまらない上に、記者(デスクか)の情けない意図を感じる。

別に本件記事で、デスクさんは上記したような訴訟の一般的な運用に関する問題提起をしたのではないであろう。
当事者が百田氏だから、このような記事としたのだろう。

こういうことは、いい加減やめにしたらどうだろうか。新聞屋さんの質を疑う。くだんの従軍慰安婦関連の報道も、おかげでこの問題自体が存在しなかったかのように歪めて受け取る向きに勢いを付けてしまっている。私のまわりでも、さまざまな社会問題等に熱心に取り汲んでいる弁護士の間から、「新聞は正確に書いてくれない」という話をよく聞く。「報道の自由」云々を高らかに言うのであれば、もう少し本来の意味での矜持をもって、記事を作ってほしい(政府批判を無用に自粛することはないが)。

ろっくおじさんの戯言

ビートルズが全米制覇をした年に生まれた男(いちおうべんごし)が、音楽ネタや日々の雑感を綴る。仕事には役に立たないブログ。

0コメント

  • 1000 / 1000