いろいろな意見がちまたに流れているが
(しかし、おそらく全人口の少なくとも5割以上の人は、このことをきちんと考えようとはしないだろうから、それ以外の人できちんと考える必要はあるのだが)、
「公費が多額に注入されている学術会議のメンバーは公務員だから、憲法15条に基づき任命拒否もあって当然」という、いかにももっともらしい話は、いずれ弁護士の業界に戻ってくるのではないかという感が拭いきれない。
要するに、公費が多額に入っている「法テラス」と契約をしている弁護士(「公務員」というわけではないが)の、弁護活動(とりわけ刑事弁護)への介入である。
それから、まさに公費で以てまかなわれている司法修習への再度の公費削減措置である。
民意を背景に、多くの被害者を出した事件や、社会的に大きな議論を巻き起こしたような事件の被疑者・被告人を弁護する活動に、正当性が与えられない、こういう事件は公費でまかなってはならない、というような、「およそあり得ない事態」である。
弁護士の活動についても、本来は極めて社会的意義が高いはずの前記活動への反感・バッシングが高まり、それが弁護士の活動それ自体への無理解・偏見にまで及んで、司法修習への公費注入を最小限にしようという議論が改めて政治家の間から持ち上がる、ということである。他方で、弁護士の活動においても、「世論」から一定の理解を得られるような活動にばかり向かうようになり、前記したような活動へのモチベーションが極めて低下するということもあり得ないことではない(こちらの方が上記よりは現実的にありそうかも。)。
なんだか、最近いろいろな場面において行われる議論の進められ方は、行き着くところ、こんな「およそあり得ない事態」ですらも、招来しかねないように思えてならない。
愛知トリエンナーレについても、公費でまかなわれたこのイベントで、慰安婦像が展示されたことが多くの非難を呼び、一連の経緯に関し一定の見解を示した愛知県知事に対し、某市市長などが先頭に立ってリコール運動をするなど、私にとっては異常としか思えない事態を招いている。
これは、日本だけのことではなく、かの与太者が執拗に攻撃していた某州知事が右翼テロ組織の誘拐計画の対象となったり、与太者を公開インタビューでやりこめた女性キャスターがひどい誹謗中傷・バッシングに遭ったり等の出来事、また諸国でポピュリスト的な言動がもてはやされるという実情等にも、いずれも皆通底している要素はあるような気がする。
少し心配なのは、上記したような「およそあり得ない事態」の招来がもっとも死活問題となる立場にあるお方が、前記学術会議問題について、なんかピント外れの意見を表明したりしていることである。数十年~100年単位で将来振り返ったときに、こういった言動を臆面もなく述べていた人々の存在は、実は、前記リコールやバッシング等に全く責任感なく便乗していた大衆よりも重大な意味を有するのかもしれない。
おそらく戦前もおんなじようだったのではないか。そうだったのだろうと思うよ。
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