無力感

引くに引けないという開き直りで(核兵器をコントロールできる)独裁者が暴挙をはたらくとき、もはや国際社会には策はないということなのか?

今回の戦争は、まさにこのような問いを正面からつきつけているものであろう。

これは、やはり()部分が重要ということなのか。

しかし、()部分が関係のないミャンマーの問題についても、国際社会は決定的な策を講じて解決につなげることは出来ないでいる。

独裁的・専制的な権力を一極に集中させ、暴力装置も掌握させてしまうと、結局のところ、どうにも動かしようがなくなるのか。

見殺しにするしかないのか。

そのようなことがないようにするには、やはり、統治においては民主的な体制が大前提であるということを、為政者を含め国民・人民の皆が共有するしか方法はないのであろう。

与太者が君臨しても、米国民はとりあえずこの男を外すことが出来た。

しかし、民主制の発達・浸透が不十分であったロシアにおいては、結局専制的な統治が定着してしまっていた。

問題が自国内で完結するならともかく、独りよがりの理屈で他国を巻き込んでしまった。

他国民の命や財産を危険にさらしてしまった。


こんなことがまかり通るようなら、今後世界各地で同じようなことが起こってしまうだろう。

台湾など、本当に危ない(人民王朝は国内問題として処理しようとするであろう。)。

ろっくおじさんの戯言

ビートルズが全米制覇をした年に生まれた男(いちおうべんごし)が、音楽ネタや日々の雑感を綴る。仕事には役に立たないブログ。

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