80年代半ばに大学を卒業し、同級生が皆社会人となる中、自分は試験勉強の生活に入った。
ちょうど音楽シーンは、いつも気にしていたイギリスのシーンが、若干行き詰まり気味になってきており、新たなヒーローを待っているような時期であった。ちょうど折しもアメリカでも、カレッジチャートあたりから、その後一世を風靡するようないろんなバンド(REM、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、B52’s、ジェーンズ・アディクション等々)がぼちぼち出始めていた時期であった。
1989年、「ロッキング・オン」が突然、「ストーン・ローゼズ」を持ち上げ始めた。マンチェスターから登場したこのバンドは、アルバムを出した上で、早々に来日公演も行った。その持ち上げ方は、何らかの意図を感じさせるようなものでもあったが、やはり気になったので、試験勉強の孤独感からの逃避の1つとして、やはり耳を傾けるようになった。しかしこれが、なんとも良かった。独特のポップなメロディーに、サイケデリック感とダンス・ミュージック的要素が混在し、何か新しい流れを生み出してくれるような感覚がもたらされた。
その後、後を追うように、ハッピー・マンデーズ、ライド、インスパイラル・カーペッツ、ペイル・セインツ、ブー・ラドリーズ等々と、次々にいろいろなバンドが登場(シューゲイザーと言われたライドをはじめ、サイケデリック色が濃いバンドが多く喜ばしいことであった)、その後、オアシスやブラー、レディオヘッド等の登場へと繋がっていくのだけれども、おそらくその先陣を切った形となったのが、このストーン・ローゼズであったように思う。
私が大学生の頃は、日本は洋楽ロック・ポップスの全盛期であった。その多くの大学生が、卒業して社会人になると、おそらくロック・ポップスなどからは離れていったのだと思う(少なくともコンテンポラリーなものについては)。私はもともと古いロックが好きで、かなり深掘りして聞いていたのだが、コンテンポラリーなものについても常にフォローしてゆこうと決めており、大学卒業後もそのような姿勢であった(試験勉強に集中すべきであったのに)。そんな中で、このストーン・ローゼズは、今後への光明を示してくれるようなパワーがあったと思う。
アルバムは二枚しか出しておらず、その後はボーカルのイアン・ブラウンをはじめ、ソロ活動もみな地味であったし、最近再結成し来日して話題になったオアシスほどの訴求力はなかったのかもしれないが、個人的には印象にとても残っている。
そのバンドのベーシスト、マニが亡くなったという。ついに、自分がロック・ポップスを聴いていた全盛期を過ぎてからのバンドのメンバーがいなくなる、という時代になってきたようである。なんとも寂しいし、最近のロック・ポップスシーンのつまらなさを思うにつけ、なんともいいようがないが、また改めて二枚のアルバムを聞き直してみたい。
それにしても、またサウンドやメロディーで勝負するロックやポップスが脚光を浴びる時代は来るのだろうか。こないかな。
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