80’s こんなのもいた(3)

今日は寒い1日。
今のところ、ほとんど外に出ていない。
原発訴訟の意見陳述原稿の作成。まあ、すでに出来ているものを縮めるだけだが、
それでも1度作った30頁くらいのものを2,3頁にまとめるというのは、
それはそれで難しいところがある。

冬の雨というのは、なんともめんどくさく、好きではない。
降るなら雪が降ってほしいなどと思ったりする。
今冬は、11月23日という異常に早い時期に降雪があった東京だが、
その後はほとんど降ってないな。
今冬は暖冬なのか?今のところは厳冬ではないようだが。

そういうわけで、80年代。

・aztec camera
ほぼ同世代のロディ・フレームを中心とするバンド。イギリスでもスマッシュ・ヒットレベルであったが、日本でも結構人気があったと思う。いわゆるネオアコの系統と、ビートルズ以来の英国ポップのセンスを兼ね備えた感じ(そもそもこれらがかなり重なる概念か?)。壁に貼られたクラッシュのポスターははがれ落ちても、僕らは前に進み出そう、といったような歌詞(「WALK OUT TO WINTER」)が、ポストパンク・ニューウェーブ世代の感覚を象徴していた。個人的にもとても思い出深い。その後90年代に生じた「渋谷系」というサウンド・ムーブメントの先鞭といった感じであろう。レコードレーベルは、これもインディーズの雄、「ROUGH TRADE」。スミス等でお馴染み。
このころは、同系統のバンドとして「ORANGE JUICE」(エドウィン・コリンズ・・その後脳梗塞か何かで倒れちゃったな。「LIP IT UP」というヒット曲がよかった。)、「PALE FOUNTAINS」等といったのもありました。

・everything but the girl
以前にも書いたか。インディーズレーベルの「CHERRY RED」から出ていた夫婦デュオ。81,2年ころから、BEN WATTとTRACEY THORNがそれぞれ「NORTH MARINE DRIVE」「A DISTANT SHORE」という、それぞれが名盤として後世に聞き継がれるようなすばらしいアルバムを出し、その後EBTG名で「EDEN」という、これまたいまだに夏になれば必ず3回以上は聞く名盤を出した。83年、大学入りたてで神経症を患い、目標を持てず(またそれに向かって進む勇気もパワーもなく)、漂っていた自分の心境をまさにいやしてくれた音であった。その後現在の方向に進もうとするまでは、数年を費やし、進もうと決めてからさらに数年を費やしたわけだが。TRACEYについては、その他に「MARINE GIRLS」のメンバーとしてアルバムが出ており、これもまた独特のけだるさに包まれている。
なお、スタカンのファーストアルバムに、この2人は参加しており(「THE PARIS MATCH」という曲)、これは本当に最高。それからROBERT WYATTとのコラボ曲「WE WILL WIN」(なぜかネットで探してもこのバージョンは見つからない)もとても良かった。
EBTGは、その後ゴージャス路線に一時向かい、さらにジャングル・ビートを取り入れる等変遷を続け、現在に至っている。結婚した2人は子にも恵まれたが、障害があるらしく、TRACEYはその養育介護にいそしんでいるよう。BENも最近まではアルバムを出すことはなく、2,3年前に30年ぶりくらいに新譜を出し、やはり30年ぶりくらいに来日公演(元SUEDEのバーナード・バトラーも同行)を果たしている。
ほんと、この80年代初頭~中期ころのイギリス・インディーズ系のサウンドというのは、独特の風情がある。今考えても、60年代を体験できなかった洋楽(とりわけ英国の)愛好家にとっては、ほんとわくわくする時代だった。もうこんな時代は来ないのかな。

・durutti column
これも前にも書いたか?VINI RAILLYを中心とした(ほぼワンマンの)バンド。レーベルはこれもインディーズの「FACTORY」。VINIのアコースティック系のギターサウンドが中心だが、ダブ的な要素やピアノ、ストリングス、管楽器の導入等もしたりして(さほどクラシカルではない)、独自の世界を醸し出している。静やかなサウンドだが、明らかにパンク・ニューウエーブを通ってきたという感じで、聞いていて心地よいだけではない、キリキリした神経質そうな肌触りもある音。デビューアルバムには紙やすりを付録としていたらしいが(最近復刻)、まさにそのような感触のあるサウンドである。
私は、このバンドのファーストアルバムの1曲目である「SKETCH FOR SUMMER」1曲で、このバンドは永遠にロック史に名を留められると思っている。この10数小節の音だけで、まさに永遠に残る、それだけのすばらしい曲。出会いがリアルタイムから2年くらいは遅れてしまったが、ある時からはほぼ同時代で聞き続けている。アルバムも入手可能な者の大半は購入している。ビッグヒットはなく、もちろん派手さも全くない。前記したようなサウンドが大幅に変わることはない。2011年にはこの人も脳梗塞で倒れ、その後はギタープレイが十分に出来ないそう。でも、もう生きていてくれるだけでもいい。来日してくれるだけでもいい。是非お会いしに行きたい。ほんと、音楽を聴いていて本当に良かったと感じさせてくれるバンド。

・specials
70年代末頃から、このバンドを始め、レゲエ・スカ系のバンドがイギリスでは一世を風靡した。このバンドのほか、若干おふざけが入るMADNESS、政治色も濃かったが後にアメリカでも大ブレイクしたUB40(初期の2枚くらいのアルバムがとてもよい)、それからSELECTER、ENGLISH BEAT、等々。81年まではボブ・マーレーも生きていて、ヒット曲をイギリスで出してたりもした(「COULD YOU BE LOVED」とか「BUFFAL0 SOLDIER」等々)。私はこういった音も好きで、中3のとき学校の美術の授業で作ったオルゴールの中ぶたに、ジャマイカの旗をあしらったものであった。
SPECIALSについては、「GANGSTAR」「MESSAGE TO YOU,RUDY」「TOO MUCH TOO YOUNG」「GHOST TOWN」等ヒット曲がいくつもあったが(いずれも良い曲)、81年くらいに解散し、その後一部のメンバー(テリー・ホール)が「FUN BOY THREE」を決し、その後も断続的に活動。最近SPECIALSを再結成したようで、この4月ころ来日予定。私も見に行きます。

・キッド・クレオール&ココナッツ
いわゆるラテン系のサウンドには食指が伸びないのだが、このころに出たいくつかのグループのいくつかの曲は、好んで聴いていた。このバンド(オーガスト・ダーネルという人が中心)の「I'M A WONDERFUL THING,BABY」という曲、そしてそれの入った「TROPICAL GANGSTARS」というアルバムの数曲はとてもよかった。高校のころかな。
パンク・ニューウエーブが落ち着いて、一方ではMAGAZINEのようなバンドから、内向的な「ネクラ」と言われるような暗めのロックグループ(JOY DIVISIONを入れたら怒られる?このバンドの演奏シーンはYouTubeで見られるが、けいれんしているようなイアン・カーティスのパフォーマンスがホントすごい。)がいくつも出てきた。他方、前記したような、のちにネオアコといわれる方向へつながるグループもいくつも出てきたほか、WEEKEND,GIST,BLUE RONDO A LA TAKのような、ラテン系の音も踏まえたダンス・ミュージックのグループもいくつも出てきており、まさに百花繚乱だったという印象。しかし、アマチュア的、インディー的な香りも強かったものの、それでいて結構どれもセンスが良かったと思うんだけど。

・ECHO & THE BUNNYMEN
前記した、「ネクラ」系のバンドの中でもブレイクしていたのが、イアン・マッカロクを中心としたこのバンド。初期のU2にも通ずるが、イギリス北部の雪の情景が似合う、非常に冷たい感触の音。冷たいギターのカッティング。「DO IT CLEAN」「NEVER STOP」「CUTTER」といった一連の英国でのヒット曲(この音はアメリカでは売れないなあ)が印象的。個人的には、3枚目の「PORCUPINE(ヤマアラシ)」というアルバムは良かったんだけど、より売れた4枚目の「OCEAN RAIN」は、何か重苦しさだけが先行していて、かつ中途半端な感じがしたな。失恋中に聞いてさらに落ち込んだ。

ろっくおじさんの戯言

ビートルズが全米制覇をした年に生まれた男(いちおうべんごし)が、音楽ネタや日々の雑感を綴る。仕事には役に立たないブログ。

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