ウォルター・ベッカー死去

先日、たまたまBBCのニュースを見ていたら、ほにゃらほにゃらと誰かの死亡記事。
聞いたことのあるサウンド、「スティーリー・ダン」という響き。うーん、どちらかが死んだのか、と思ったら、

ウォルター・ベッカーであった。

このバンド、1972年頃にデビューし、「do it again」「riki don't lose that number」「black friday」等々ヒットを連発。80年代初頭に解散するも、90年代後期か2000年代に入って復活。グラミーを取ったり等していた。

ことし(つい直近か)、片割れのドナルド・フェイゲンが来日公演するはずだったと思う。

スティーリー・ダンと出会ったのは中2くらいのころ。
当時まだ、ロックを聴き始めて2年もしないころだったが、「Aja」という傑作アルバム(ジャケットに山口小夜子という日本人のモデル(故人)が登場していた)からの最初のシングルカット「Peg」がアメリカのチャートを上ってきていた。
なんというか、「ハイセンス」「都会的」といったイメージ。それまで聞いたことのないような切れ味、小気味のいいサウンド。独特のコード進行に切れ味のよいギターソロ。ロックと言うよりもジャズフレイバーの強いサウンドは、すごく新鮮で、当時書いていたヒットチャートのノートに、個人的に赤星印を点けていたと思う。
このアルバムからはあと2曲(そのうち1曲「deacon blues」は、のちにそれをバンド名にしたバンドがイギリスから登場している。)、またサントラ盤で「FM」というのも出た。81年には「ガウチョ」という新作を出し、ここから「hey
nineteen」というトップ10ヒットを放っている。西海岸のバンドなのだけど、出自はニューヨークらしく、サウンドの印象も東海岸のフレーバー。その後、後追い的に「fez(トルコ帽もないのに)」「菩薩」「reelin'in the years」等々いい曲をいろいろとキャッチ。

解散後はドナルド・フェイゲンがソロ活動で成功。まあ、これは当時はやった「AOR」という括りに入れられてしまっていたが、彼のボーカルが独特で個人的には捨て置けなかった。ただウォルターはこのころ、たぶんヤク中かなんかになっていて、それでハワイに移住していたらしい。2000年代に入ってから出た再結成アルバムも、あまり聞けてないが購入している。

後々への影響も結構あったらしく、前記した「Deacon blue」のほかに、80年代には、邦題「不思議なビリージーン」という曲(マイケルの「ビリー・ジーン」と、スティーリー・ダンの「do it again」を繋げたような曲。)がヒットしたり、またいくつかのバンドが影響を公言したりしていたと思う。
クイーンとは違う意味で(サウンドは全く違うので誤解しないで・・)、ワン&オンリーのサウンドを持っていたバンドであった。
そのうち、再々結成で来日したら、見に行こうとか思っていたんだけどね。

それにしても、ウォルター・ベッカーが、チャイナ・クライシスのプロデュースをしていたとは知らなかった。
そう言われれば、よく分かるね。前記の「deacon blue」も、そんなサウンドだった。
こういう個性的なバンド、今後も出るのかね。

ろっくおじさんの戯言

ビートルズが全米制覇をした年に生まれた男(いちおうべんごし)が、音楽ネタや日々の雑感を綴る。仕事には役に立たないブログ。

0コメント

  • 1000 / 1000