裁判員裁判はこれで終わり。

何だかとても忙しかった10月が終わった。
まだ、大事な書面が残っているし、さらに次から次へとやってくるけれども、
10月の濃密なスケジュールからはようやく脱した。

10月中旬にあった裁判員裁判。
5年ぶりのことであった。
最近は、刑事事件の公判を担当すること自体が、極めて少なくなっており
(明らかに弁護士増員の関係だと思う)、
今回も、弁護側書証を、同意を経ていきなり内容も告げずに提出してしまおうとしたりして、
非常に恥ずかしい思いをした。

まあ、結論自体、弁護人の役割ってどの程度だったの?と言うようなものでもあったが、
それはまあ、事件の性格上やむなしと言うこともあったとして。

なにより、裁判員アンケートの中の一言には、正直折れた。

裁判員裁判では、裁判終了後に、裁判員に各当事者(裁判官、検察官、弁護人)の活動内容について、
わかりやすかったか、とか、そういったことを問うアンケートを取っている。
後日、参画した当事者は、その内容を伝えられるのだが、
裁判員の1人の意見(自由記載)に、「弁護人にやる気が感じられなかった」というのがあった。

何を見て、何を聞いて、そう感じたのかは分からない。
内容についてはほぼほぼわかりやすかった、と言う意見が大半だったように思うので、
どこに関し、そう感じたのかは知らない。

しかし、この裁判のために、
自分なりに考え、被害者の被害に被告人をどう向き合わせるか、ということを当初よりいろいろ考え、
いろいろと模索し、それをどう裁判所(裁判員)に伝えようか、自分なりに検討してきた。
まあ、当たり前のことだけれども、それに費やした時間は小さなものではない。
最終的に公判に出せたのは、その一部だったけれども、
被害の大きさを弁護人として第三者的に感じつつ、それでもこの人にいずれは立ち直ってもらいたい、
2度とこのような事件を起こしてもらいたくない、
そのような一心であった。


それを、前記したような一言で総括されては、こちらも立場がない。

まあ、要するに、この裁判員には伝わらなかったのだろう。
やる気がない弁護人だったのだろう。
正直、被告人にはきちんと伝わったと思っている。
被告人は必ずやり直せると思っている。
あんた(某裁判員)に伝わってなくたって、別に構わない。

でも、正直折れました。
他にも、公判の後の総括の会合で、
裁判官からあったコメント、その他のアンケートの内容にも、
正直首をかしげざるを得ない部分もあったけれども
(そんなことまで言われるのかと)、それにはここでは触れない。

しかし、今回で残念ながら決断することとなった。
来年からは、裁判員裁判の配てん名簿には搭載を希望しない。
こういうのは、研修等をきちんと受け続けた、
手練れの専門家や、生きのいい若手にやってもらえばいい。

これは、私の持ち場ではないことがつくづく分かった。
私は、私の持ち場で頑張る(そんなのあるのかな?)。

もともと、刑事事件をやりたいという気持ちが強く、
この仕事を始めたことを考えれば、
ずいぶん自分の心境も変わってきたのだろうと思う。

刑事裁判の意味合いも、ずいぶん変わったのだと思う。
受刑する被告人にとっても、またその家族にとっても、
納得の上での受刑は大事なことだと、私は思っていたのだが、
どうもそういうわけでもなくなってきているらしい。
まあ、私は、「裁判の民主化」にはとくに反対はしていない。
けれども、要するに、手練れの人でやってもらった方がいいとつくづく思ったのだ。

とにかく、
もう中途半端には関わらない。

さようなら、裁判員裁判。


ろっくおじさんの戯言

ビートルズが全米制覇をした年に生まれた男(いちおうべんごし)が、音楽ネタや日々の雑感を綴る。仕事には役に立たないブログ。

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